全国施設情報を活用したエリアマーケティング戦略
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エリアマーケティングとは、文字通り、「エリア(地域)における競合などの状況も含んで需要特性などを洞察したマーケティング」のことです。地域特性を重視していることから、エリアマーケティングを“地域密着型マーケティング”と呼ぶこともあります。
さて、エリアマーケティングが活用されるシーンは多種多様です。最も代表的なエリアマーケティングの活用分野といえば、やはり出店立地選定が挙げられます。よって、リアル店舗を展開している小売系企業や、飲食系企業などには活用のメリットが多いマーケティング手法といえるでしょう。
昨今ではコロナ禍の影響もあり、EC(Electronic Commerce)が急成長しています。そのため、リアルな店舗を展開する企業よりも、EC企業の方が成長性が高く、ECであればエリアマーケティングなど不要だと考える向きもあるようです。
確かにEC企業の中には成長著しいところもあります。しかし、それでも日本のEC化率(国内すべての商取引金額に占めるECによる商取引金額の割合)は、まだまだ低いといわざるを得ません。2020年時点のいわゆるBtoC-EC(物販系)においては、12兆2000億円あまりのうちのやっと8%を超える程度です。つまり、どれほどECが伸びたといっても、現時点では物の売り買いの9割方はリアル店舗で行われているということです。
したがって、コロナ禍でEC企業が伸びているとはいっても、エリアマーケティングという手法が、企業のマーケティング戦略上も有用であり、エリアの特性を把握した上での出店戦略の立案・実施というアプローチは、多くの企業にとって重要なKFS(Key Factor of Success=成功要因)だといえます。
そこで本稿では、どのような外部データを有効活用することで、企業のエリアマーケティングをよりメリットの多いものとして戦略展開していくことが可能なのかについて、事例などを交えながら解説していくことにいたします。
自店の立地特性を把握し、競合店との比較によって、自店が採るべきエリアマーケティング戦略を見極める
日本には、多種多様な店舗が存在します。たとえば飲食店業態だけで見ても、中華料理店やフレンチレストラン、イタリアンレストランなどさまざまです。さらにいえば、ひとくちに中華料理店といっても、いわゆる町中華といわれる小規模のお店から、本格的な中華料理を出す大規模なレストランまで千差万別です。
そのため、「自店がどのようなエリアマーケティング戦略を展開すれば、客数を増やし、客単価を向上させ、店舗売上を増大させることができるか」については、すべての中華料理店を横並びにして論じることはできません。
また、最終的な目標が売上の増大にあるとしても、そこに至るまでに戦略的なアプローチとしては、いくつかのKPIを設定する必要があります。それらのKPIをクリアしていくことで、最終的な戦略目標である売上増大につながるのです(実際には、「売上増大」のようなあいまいな目標ではなく、年間売上〇〇〇〇万円といった具体的な売上数値を目標に設定することになります)。
そこで役立つのが、「店舗周辺立地情報を用いた店舗クラスタリング」です。
実店舗は、一度出店すると、そう簡単に場所を変えるということはできないので、立地依存性が高くなります。そのため、店舗の周辺立地は極めて重要なのです。
そのため、「自店が多くの同業者(競合)との比較において、どのようなクラスターに属するのか(店舗クラスター)」を客観的に把握し、「そのクラスターにおいて重視すべきKPI」を明らかにした上で、「立地周辺の環境特性(競合他店の状況など)」を加味しながら、エリアマーケティングの戦略・戦術をプランニングし、実践していかなくてはならないのです。
たとえば、事例として某医療系サービス施設で考えてみましょう。
一般的に医療系サービス施設という業態の特性に鑑みた場合、設定されるべきKPIとしては、初診率・継続率・完治率・再診数・レセプトなどを挙げることができます。しかし、その立地が、都心の人口密集地に立地しているのか、過疎化が進行している地方都市なのかによっても、設定されるべきKPIは違ったものになります。たとえば、人口の多い都心なら新規顧客(初診率)の獲得が重要かもしれませんが、人が少ない地方都市ではむしろ既存顧客による継続的な利用(継続率)が重要なKPIになるかもしれません。
このように、同じ施設であっても、立地特性はもとより、それ自体の規模によっても、事業成長のための戦略的アプローチは違ったものになりますし、戦略的アプローチが異なれば、当然に指標とすべきKPIも異なったものになります。
そのため、まずは店舗ごとの特徴・特性ごとにクラスタリングを行い、個々のクラスターに対して相応しいKPIを設定する必要があるのです。
では、どんな特徴でクラスタリングを行い、個々のクラスターに対して、どんなKPIを適用すべきでしょうか。その指標のポイントのひとつが競合状況です。
たとえば、分析対象となる某医療系サービス施設A店について、その立地の半径200m内に競合他店が何店あるかを把握し、その数によって、たとえば「激戦エリア・標準競争エリア・平穏エリア」などに分けます。自店の立地ポジションが、競争の激化しているエリアなのか、あまり競争のないエリアなのかによって、採るべきエリアマーケティング戦略は違ったものになるはずです。もし自店が激戦エリアにあるとなれば、競争優位性獲得のための戦略展開や、奪い取り戦略が重要となり、その前提で具体的な戦術やプロモーションなどを展開することになるでしょう。自店のポジションが明確になることで、やるべきことが見えてくるのです。
しかし当然のことながら、このような競合に関する情報などは自店内にあるはずもなく、外部データとしての周辺店舗立地情報などを活用しなければならないのです。
株式会社データフォーシーズでも、全国の施設情報を独自にデータベ―ス化しており、そうしたデータを活用して、さまざまな分析を実施することが可能です。
空間統計データの活用により、的確な新規出店計画や業態開発を可能にするエリアマーケティングを実現
大手携帯キャリアが提供する、許諾済みのスマホユーザーの位置・移動・属性情報などを統計データ化した、いわゆる空間統計データを活用することで、エリアマーケティングの展開メリットがさらに高まります。
昨今のコロナ禍に関する報道の中で、主要な都市において、「先週と比べて、人流が○○%増えた(あるいは「減った」)といったニュースを見聞きした経験は、誰にでもあると思います。こうした、あるエリアでの人の動きをデータ化した空間統計データと、前項でも取り上げた全国の施設情報などを組み合わせて、AIによる分析を実施することには、いろいろな活用メリットがあります。
たとえば小売チェーンなどが、次にどこに出店すべきかという新規出店計画の参考にしたり、あるいは、すでに用地買収が済んでいる事業者に対して、そのエリアにはどんな業態での出店が適しているのかをデータ分析に基づいて考察したり、といった活用の仕方が可能です。
不動産仲介事業者などの場合であれば、ターゲットエリアが決まっているクライアントに対して、どのような提案をすべきかがわかりますし、逆に具体的にどんな業態の店舗を出店したいかが明確になっているクライアントに対しては、どのエリアでの出店を提案すべきかがわかるということです。
店舗の集客実態を分析することで、ターゲットイメージや出店戦略のねらいが見えてくることもある
全国施設情報と、空間統計データを組み合わせた分析を実施することで、ある店舗がどのような客層をメインターゲットとして捉えているか、といったことを把握することも可能になります。
当社が独自に、大手小売チェーンなどの集客・滞在者データを分析したところ、それぞれの特徴が明らかになりました。その事例を元に、各小売チェーンの出店戦略を考察してみましょう。
ある小売チェーンの複数の店舗を調査対象として分析したところ、たとえば、Aチェーンの集客状況としては、平日の19-22時台には40代女性/滞在者が多いことや、休日15-18時台には60代女性/滞在者が多いことが特徴的であることがわかりました。一方でBチェーンの店舗においては、平日・休日とも、19-22時台に、40代女性/移動者が多いことが明らかになりました。その他、各々にいくつか特徴的な結果が抽出できましたが、それらの分析結果を総合的に判断すると、「Aチェーンは、地元の主婦層をメインターゲットとした立地戦略」を採っているであろうことが推測され、また「Bチェーンの場合は、仕事帰りの女性層を効率的に取り込めるような立地戦略」を採用しているだろうことが推測できました。
もちろん、この分析結果は、この事例におけるデータ分析の結果として導き出されたもので、実際に各社がそうした立地戦略で出店しているのかどうかは不明です。しかし、かなり信ぴょう性は高いのではないかと考えています。
ちなみに、同様の手法で「パチンコ/スロット店」、「ホームセンター」などについても、出店立地にどのような特徴があるかを分析したところ、次のような分析結果を導出できました。
「パチンコ/スロット店」の場合は、休日の地元男性、および平日のシニア男性を集客しやすい立地に出店が多いこと、「ホームセンター」の場合には、休日に50代以上の男性の移動が多い立地に出店が多いことなどです。
こうした分析を実施することで、小売チェーンや飲食チェーンなどにおいては、次の出店立地をどこにすべきかを明らかにできます(もちろん、チェーンに限らず、単独出店においても立地特性の把握は重要です)。
また、立地に見合う(成功しやすい)業態はどのようなものかを的確に判断することもできるようになります。
当然のことながら、自社店舗の売上げデータだけを眺めていても、こうした立地戦略・出店戦略を組み立てることはできません。今回の場合でいえば、全国施設情報・空間統計データといった外部データを有効活用することで可能になるのです。
新規出店立地をピンポイントで選定できるエリアマーケティング分析
全国施設情報や空間統計データを有効活用して、新規出店立地をピンポイントで選定するためのエリアマーケティング分析について、具体的な事例でみていくことにします。
この事例は、都内のあるエリアにおいて、新たにスポーツクラブを出店する場合の、集客ポテンシャルのある出店立地の“穴場”はどこかを明確にしようというものです。
図2は、空間統計データと全国施設情報の該当エリア内の施設情報などを合わせて、AIで分析した結果に基づいて、競合の出店状況と集客ポテンシャルのあるエリアをプロットし、可視化したマップです。
青いバブルは、集客ポテンシャルがあるエリアで、青色が濃ければ濃いほど、集客ポテンシャルが高いことを意味しています。
そして、緑の丸には数字が描き込まれており、これはすでに営業しているスポーツジムが何店舗あるかを示しています。
マップの見方は簡単で、青色のバブルがあるエリアが、集客ポテンシャルがあるエリアなので、新規出店立地としての可能性がある場所ですが、すぐそばに緑の○があれば、それはすでに競合が出店している場所なので、そこに新規出店してもうまみはないという判断ができます。
よって、スポーツジムの新規出店立地として適しているのは、青のバブルがあって、まわりに緑の丸がないエリアということが視覚的にわかるのです。
ここまでのところで、比較的わかりやすい事例を用いて、エリアマーケティング展開における外部データ活用の有効性を見てきました。
もちろん、エリアマーケティングを推進する際に利活用したいデータは、これまでに取り上げたもの以外にも、多種多様に存在します。また、そうしたデータを活用して役立てることのできるテーマも多種多様です。
例を挙げると、歯科医院の穴場検索や、賃貸住宅の家賃相場の予測といったエリアマーケティングにも活用できます。
また近年では、コネクテッドカー(ICT端末としての機能を有する自動車)が普及してきていることで、スマートフォンの位置情報で人流を把握できるのと同じように、自動車がどのような動き方をしているのかを把握・分析することで、エリアマーケティングに役立てよることも、技術的には実用段階に入ってきています。
対象となる個々のコネクテッドカーの動きと、全国施設情報とを組み合わせれば、“A車は毎週のように、金曜日の夜22時頃にコンビニエンスストアの駐車場に駐車している”ことや、“ここ数カ月は毎週月曜日に病院の駐車場に1時間ほど駐車している”ことなどをトレースできます。
今後、コネクテッドカーの普及が進めば、こうして収集されるデータは極めて膨大なボリュームになります。しかし、その膨大なデータを、AIなどを活用して分析すれば、たとえば「某エリア内で、Aのレストランで食事をした後は、Bのショップに立ち寄ることが多い」という傾向を把握することも可能になります。そうしたことがわかっていれば、「A店で、Bショップの割引クーポンを配布する」などのプロモーションを展開できるかもしれません。
人の動きや車の動きを分析・把握できるデータや、全国の施設に関する情報など、外部のさまざまなデータを活用し、自社の保有するさまざまなデータと組み合わせることで、内部データだけでは得ることのできない有益なエリアマーケティング上の知見や、ビジネス上のメリットを獲得することが可能になるのです。
それぞれの企業内に、データサイエンスに関する専門の部署があり、専任のデータサイエンティストを擁していることが理想ですが、現実にはすべての企業がそうした体制をもつことは極めて難しいことでしょう。
もし、データサイエンスを扱う部署も専門家も社内にはいないが、エリアマーケティングに関するデータ分析などに取り組みたいとお考えなら、データサイエンスに精通した専門会社に相談するのが、もっとも近道だといえるでしょう。